2014年04月 のアーカイブ

2014年4月30日 16時10分04秒 (Wed)

賭博駐日ガーナ大使

駐日ガーナ大使が借りた建物で違法なバカラ賭博を行うカジノが開かれた事件で、帰国していた同大使が今月24日に再来日し、警視庁の任意の事情聴取に応じていたことが30日、捜査関係者への取材で分かった。大使は賭博について「部屋を契約したことは認めるが、賭博していたことは知らなかった」と説明した。
 捜査関係者などによると、大使は3月、「本国政府から事情を聴かれることになった」としてガーナに帰国。4月24日に再来日した後、29日に警視庁の聴取に応じた。

2014年4月29日 16時05分02秒 (Tue)

地ビール

中小メーカーが各地で少量生産する「地ビール」が日本で生まれて20年を迎えた。解禁直後の「地ビールブーム」は終わり、一時は低迷期を迎えたが、最近は高級志向が追い風になり、素材や製法にこだわったクラフトビールとして再び人気が集まっている。【向畑泰司】

【フランスパン、赤ワイン、ビール…】和食との親和性追求の動き

 地ビールは1994年4月の酒税法改正で解禁された。同年12月にオホーツクビール(北海道北見市)と上原酒造(現エチゴビール、新潟市)が最初の免許を取得した。近畿では95年3月にステーキレストランの「三田屋」(兵庫県西宮市)が一番乗り。外食産業としても初参入だった。

 「原点はニュージーランドだ」。三田屋の廣岡揮八郎社長(68)は振り返る。92年、ニュージーランドの醸造所兼バーで飲んだ地ビールの味に感動し、その場で店主に造り方の伝授を頼んだ。それから3年、現地を十数回訪ね、醸造を学んだ。

 オーストリアで購入した設備を神戸港で陸揚げ予定だった95年1月17日、阪神大震災に襲われた。復興に時間がかかったが、震災100日後に「揮八郎ビール」が完成、今も店舗のみで提供する。

 「このビールは震災復興への希望だった。採算は合わないが、この20年間、うまいビールを知ってほしいという一心で造ってきた」

  ◇  ◇

 解禁直後は日本中が地ビールブームに沸いた。しかし、不況や発泡酒の登場もあり、長続きはしなかった。

 国税庁によると、国内の地ビールメーカーは174社(2012年度)。03年度の251社をピークに減少し、最近は横ばい傾向という。

 日本地ビール協会(兵庫県芦屋市)によると、解禁後のブームで各地に多くの地ビールが誕生した。しかし、大手のビールより価格が高く、敬遠され始めた。00年以降、多くのメーカーが撤退、大手の「銀河高原ビール」も経営難に陥った。

 ただ、「アベノミクス」による高級志向で最近は風向きが変わり、「クラフトビール」と呼ばれ人気に火が付き始めた。メーカー側も製法や素材のこだわりを強調している。

 阪神百貨店梅田本店は昨年秋、クラフトビールコーナーを新設、国内外の100種類をそろえる。瓶1本(330ミリリットル)500〜600円だが、売れ行きは上々。担当の水畑淳さん(38)は「少し高いが、味の違いを楽しむ人が増えている」。

  ◇  ◇

 「地ビールの父」の伝統も受け継がれている。全国ブランドとなった96年創業の「箕面ビール」(大阪府箕面市)。名物社長の大下正司さんは地ビールの普及や醸造技術の伝承に貢献し、「地ビールの父」と慕われた。しかし、12年12月、工場で作業中に倒れ、63歳で死亡した。

 13年3月、大下さんの遺志を継承しようと、11のメーカーが追悼ビールを特別醸造した。家業を受け継いだ長女の香緒里さん(37)も今年2月、一周忌に合わせて「ゴッドファーザー」を醸造した。

 人気商品の「スタウト」に、大下さんが生前に考案した箕面特産のゆずを使ったビールを調合した。ラベルには笑顔で乾杯する大下さんのイラストも。香緒里さんは「父は地ビールを通じた人のつながりを大切にした。20年の節目を忘れず、地域で愛されるビールを造りたい」と話す。

2014年4月28日 11時01分53秒 (Mon)

就職ナビ

就活ツールで業界ナンバー1といわれる「リクナビ」。掲載者数・会員登録数では今や「マイナビ」の方が上なのだが、批判の俎上にあげられるのは「リクナビ」の方が多い。なぜなのか。作家で人材コンサルタントの常見陽平氏が考えた。

 * * *
 いま、メディアで話題となっているのは、リクナビ批判です。雑誌『WEDGE』の2014年4月号では『「就活」が日本をダメにする 不満続出するリクルートのビジネスモデル』という特集が組まれました。採用担当者、大学教職員、人材ビジネス関係者の間で話題になっています。他にも東洋経済オンライン、FLASHなどが、リクナビ批判(の検証)とも言える記事を掲載しました。

 やや端折って説明するならば、リクナビが日本の就活を悪いものにしていないか、リクナビのOpen ES(簡単に言うと共通エントリーシート)、応募数を煽る機能などは本当に学生の役に立っているのかなどの批判です。

 これらの記事で注目したい点は、「就職ナビ批判」というよりも「リクナビ批判」になっていることです。実は今、リクナビは「掲載社数」「会員登録数」という指標においては、No.1ではありません。この指標においては、今はマイナビの方が上なのです。なぜ、リクナビだけが叩かれるのでしょうか?

 先日、マイナビの社員と情報交換兼ランチをしました。名刺には、「マイナビは掲載社数・会員登録数 No.1」というシールが貼られていました。輝いて見えました。もっともシェアをとるために、かなり値引きなどのサービス施策を行ったと、人事担当者たちは証言していますが。

 ただ、この「掲載社数・会員登録数No.1はマイナビ」という事実は、まだまだ世間一般に認知されていないように感じます。推定値ではありますが、売上ベースでのマーケットシェアはリクナビが上だと言われています。長年、業界の雄だったとも言えるでしょう。

 では、なぜ、リクナビは叩かれるのか? 業界No.1ならではのやっかみはもちろんあるでしょう。個人的には、新機能のリリースなどが雑だった、No.1のおごりがあったのではないかと考えています。

 このNEWSポストセブンでもご紹介しましたが、昨年、大学教職員の間で炎上した事件といえば、Open ESという新サービスをめぐる問題です。共通化したエントリーシートで、もともとの意図は就活生の負荷軽減でした。しかし、結局、沢山応募させるリクナビ型モデルの延長線上にあるのではないかと批判を受けました。

 最も批判されたのは、「紹介文機能」です。自分の良い部分を他の人に紹介してもらうという機能なのですが、リリース前後に、大学教職員の負荷を増やすのではないかという声がありました。その後の説明では「大学教職員には紹介文を依頼しないでください」という表記がありましたが、これはこれで変な話ではあります。学生を一番よく見ているのは、大学教職員のはずですから。大学では反対や疑問の声が起こり、一部の有名大学は抗議の声明を発表しました。

 また、まとめてエントリーするボタンが随所に設置された件も応募を煽っていると批判されました。

 率直に私は説明が下手くそだなと感じました。就職情報会社は、大学教職員からの信頼を大切にしてきたわけですが、説明が雑だったなと感じます。就職情報会社が介在する価値も問われ続けています。優秀学生を採りたいなら、個別に大学にアプローチしたり、インターンシップで囲い込んだ方が有効ですから。

 リクルートグループ全体が、IT人材の強化に取り組むなど、営業が強い企業から、システムで勝負する企業に変身しようとしているとも言えます。一連のリクナビの新機能には、「すごいプラットフォームをつくる」「手離れのよいサービスにする」という思想が見え隠れします。

 たしかに、ITの世界で言うと、最近、TwitterやFacebookのインターフェースが突然変わったり、少し前ですがGoogleが突然RSSリーダーを廃止したりという動きがありました。求人広告会社から、システムを売る企業に変身しているとも言えます。ただ、このあたりが、学生、大学教職員、企業の採用担当者に理解されていなかったのでしょう。

 一方のマイナビは、特に学生に対してやさしい雰囲気があると、学生からも企業かも評価されてきました。愛されるサービスを目指してきたと言えます。

 もっとも、掲載数が多くなったために、各社の応募数は十分なのかという批判も採用担当者からは聞こえてきます。このあたりは、売り手市場化していることも影響はあるかと思いますが、なんためにNo.1になったのかということが問われます。なにより企業からの期待にちゃんと応えるべきでしょう。

 リクナビを擁護するわけではありませんが、批判を受けつつも新しい機能のリリースに挑戦するのは、業界をリードする立場のプライドも感じます。今後、マイナビも業界のルールを変えるくらいのチャレンジが期待されると言えるでしょう。

 健全な競争はサービスの価値を上げ、価格を最適化すると言えます(あくまで理想的な競争が行われたら、という前提ですが)。今後、両者の競争により、より価値の高いサービスが生まれることを期待したいです。

 ただ、利用する学生や企業、関係している大学教職員の気持ちもちゃんと考えて、丁寧に説明して欲しいものですね。

2014年4月27日 16時04分40秒 (Sun)

介護職、相次ぐ離職

過酷さの割に賃金が低いと指摘される介護職。政府も手は打ってきたものの、依然、他業種との格差は埋まらない。人材確保には、賃金アップか外国人の活用か−−。ここへきて国の姿勢も揺れている。【遠藤拓、佐藤丈一、中島和哉】 

 常夜灯がぼんやり照らす廊下を、おむつやタオル、ごみ箱を積んだ台車が行き来する。11日深夜。東京都葛飾区の特別養護老人ホーム(特養)「葛飾やすらぎの郷」に勤めて3年目、生活援助員の宮崎梓さん(22)の夜は長い。

 1フロアには約40人が入居する。大半は80〜90歳代で7割は認知症だ。同僚と2人、一晩で4回は巡回し、おむつを替え、トイレを介助し、体位を変える。消灯後も徘徊(はいかい)する人はいるし、繰り返し呼び出しボタンを押す人もいる。

 ひと息つけるのは午後11時の食事と2時間の仮眠の間だけ。「朝方トイレに行きたくなりそう。でも、呼ばないようにする」。そう気遣う女性入居者に、宮崎さんは「気にしなくていいんですよ」とほほ笑んだ。

 月4〜5回の夜勤日は、午後5時前から翌朝10時前までの勤務。しかし、この日は引き継ぎ書類の記入やシーツの交換に追われ、朝食にありつけたのは昼近くになっていた。

 ◇平均を9万円下回る

 正規職で介護福祉士の資格を持つ宮崎さんの月給は、手取りで約18万円。15万円を切るという同業の友人よりは「恵まれている」と感じる。とはいえ、介護労働者の賃金は他業種に比べて低い。全国労働組合総連合のアンケート調査(昨年10月)では、手当を除く正規職の平均賃金は20万7795円。厚生労働省調査の全産業平均(29万5700円)を約9万円下回る。

 長らく介護は主婦による家事労働とみなされてきた。職業としての確立が遅れ、低賃金から抜け出せない。介護労働安定センターによると、介護職の離職率は17.0%(2011〜12年)で、全産業平均(14.8%)を上回る。求職者1人に働き口がいくつあるかを示す2月の有効求人倍率は2.19倍。全産業平均(1.05倍)の2倍だ。

 「家族を養えないからな」。首都圏の介護施設に勤める30代の男性介護福祉士は、結婚を機にそう言って「寿退社」していく仲間を大勢見送ってきた。この道7年目。専門学校の同期80人のうち、続けているのは十数人。自身の手取りは初任給から2万円ほど上がり、ようやく月約23万円となった。が、同業の妻は初めて産んだ子の育休中。共働きでなければ生活は成り立たず、保育所を確保できるかが不安でならない。

 「仕事に夢を見られない。このままなら、なり手はどんどんいなくなる」

 日本海に臨む金沢市郊外の特養「やすらぎホーム」。入居する母(83)の昼食介助に隣の石川県野々市市から訪れる主婦(64)は通ううちに介護職員の疲弊を知り、入居者の家族と職員の処遇改善を求める署名に取り組むようになった。

 母親が入居したのは06年10月。脳梗塞(こうそく)で半身不随となり、食事、排せつなどすべてに介護が必要だ。感情が高ぶるとパジャマを歯で切り裂く。そんな母をてきぱき世話してくれる職員たちも、入居当初からの顔なじみは3人に1人ほど。慣れた頃にはいなくなるからだ。この主婦は訴える。「親の面倒を見るかのようにしてくれた職員が、どんどん辞めている。専門職にふさわしい給料が必要です」

2014年4月26日 16時08分20秒 (Sat)

フィギア羽生

ソチ五輪フィギュアスケートで金メダルを獲得した羽生結弦(ゆづる)選手(19)の凱旋(がいせん)を祝うパレードが26日、出身地の仙台市中心部で催された。沿道には、実行委員会の発表で9万2千人のファンが詰めかけた。



 羽生選手らを荷台に乗せた大型トラックは、午後1時40分に市中心部の繁華街を出発。羽生選手は首に金メダルをかけ、終始笑顔でファンに手を振っていた。